わるがき/その②「野球部でのけんか」・・・X氏のつぶやき63
その中学校は、とりわけ良い住宅街にあった。だがクラブ活動では何かと問題を起こしていた。私が関わったわるがきは、大して上手くないが中学になって野球部に入り、普通の楽しい野球クラブがしたかったのだが、地域にはリトルリーグの強いチームがあり、そこに引き抜かれていくことを期待して学校の野球部があったように思う。
従って、あまりヘタな部員は欲しくなかった。そこに入部した少年は、私と草野球を楽しんでいたわるがきの仲間の一人であった。私は入部記念にグローブとバットをプレゼントした。彼は野球部での練習は熱心にやっていたが、チームのキャプテンには良く思ってもらえなかった。なぜか?「ヘタクソなのに生意気だ!」ということで、球拾いばかりで打撃の練習はさせてもらえなかった。そんな日が、二か月程続いた。その上、外野でノックを受ける練習が激しく続いたある日、その少年三太は、リーダーに「自分にも打たせてくれ」と申し入れたら、リーダーは新人のクセにと、申し出を蹴散らしたので、三太は喰ってかかった。
「みんな練習は、平等にやろうや。ぼくにも打撃練習させてくれ。」
「生意気なことを言うな!みんな球拾いからやるんや!」と突き飛ばした。すると三太は、スパイクを脱いで、それでリーダーを殴ると、リーダーも殴り返した。三太の額から血が出た。野球部が騒然となった。
「けんかや!ケガしたぞ!」
先生が飛んできた。三太は額の傷を手で押さえていたが、血が流れ出る。リーダーは、キャッチャーのかぶるマスクで殴ったようだ。「救急車は呼ぶな、先生の車で連れていく。アサダ、お前は教室で待ってろ!」
三太は額を五針縫った。先生は、相手方の少年の親に連絡を入れた。リーダーの少年の母親は、自分の息子がケガをさせたのだから治療費は払います。と先生に申し出た。先生はその旨を三太の母親に伝えたら、ケンカはお互い悪いのだから、治療費はいりません。それより野球部の在り方を指導して欲しい。と申し出た。が、相手の母親は、はじめはうちの息子が殴られたのだ。と言い出した。その通りだが、何か言いたいのか、だからケガをした三太が悪いんだと言い放った。
家庭には生活のありようがあって、話し合うというより“解決”させるための“なぜ、ケンカになったのか?”を追求しようとする。「警察に入ってもらってもいいんですよ」とリーダーの母親が言い出した。そんなことになっているんだが、どうしたらいいですか?と三太の母親から連絡は入った。
「あ、そう。三太、良く申し出たの。それは良かったが、スパイクで殴ったのは良くない。ケガをしたのは君だが、その原因は相手にあるぞ。わかるか?」
「――でも」
「でもどうした?リーダーにやり返したいか?」
「いいや!ぼくは、球拾いもやる、けど打たせてもらわな、野球がおもしろくない。おじさんの草野球の方がおもしろい。」
「相手のお母さんが弁償したいと言っているが、そんなことしてもらいたいかい?」
三太は、いいや、と首を振った。
「三太、野球部は辞めたくないやろ?」
「うん!」
「そんなら、リーダーとも仲良くしないといかんな。」
「――うん」
「よし、そんなら、いまから、三太がリーダーの家に、謝りに行けるか?」
「ぼくが?」
「三太が?」
と母親も言ったが、わたしは「そうだ!」と言って三太の顔を見た。
「ケガをした君から謝りに行った方が、君の信頼は高くなるよ。どうだ?仲良くするなら、君から謝りに行け!行くか?」
「――行く!今から?」
「そうだ、すぐに行くんだ。何も言わんと、ごめんなさい、と言うだけでいい。」
「わかった、行ってくる。」
母親は心配したが、三太は私の言葉を信じてか、自転車で、リーダーの家に向かった。
すると、すれ違うように、リーダーが一人で三太の家にやってきた。
「三太君はいますか?」
「今、君の家に行ったぞ!」
「えぇ?ぼくが悪かったので――」
「そうか、よく来てくれたな、君のお母さんは知ってるのか?」
「いや、ぼくの考えできました。」
お互いに少年たちは、謝る気持ちが行動をさせた。リーダーの母親は、三太が謝りにきたことで驚いて、すぐに三太の家に電話をかけてきたので、自分の息子も三太の家に謝りに行っていることが分った。
その二人の行動は、学校にも伝わり、相手の母親同士も会って話ができた。
何より、二人の少年は、その後一段と仲良しになり、三太も遂に打撃で試合で活躍するようになった。
リーダーは野球の力で高校に進み、三太は受験に追い込みをかけて、公立の高校に行くことになった。
私は、少年たちのキラキラ輝く心を見せてもらって、大きな宝物をもらった思いにひたったものです。今、思い出しても偶然にも相手が同時に謝りに行く行動をとっていたことに、確かな人間の力を見つけることができました。わるがきが教えてくれるものは大きいです。