がんを考える3~妻の手術
妻の手術
妻は手術の前日に入院しました。60代半ばになるまで一度も入院の経験がなく、生まれて初めての入院でした。翌日の手術時間が最終確定すると、妻からスマホのLINEで連絡がありました。院内は許可スペースを除いて電話は禁止となっていますが、メールは許されています。見ると、手術は08:45からで、立ち合いの家族は08:30までに病棟に来て一緒に手術室の前まで行くことになっています。
病院まで少し遠いので、手術は午後がいいなと勝手に思っていたのでちょっと戸惑いましたが、大勢の患者を毎日手術している大病院だからさもありなんと、ここは甘んじて受けざるを得ません。受付の待合を見ると、患者とその家族総勢100名ほどが名前を呼ばれるのを待っています。ここが、がん専門病院と言うことは、この人たち全部がん患者なのです。北海道から九州、日本全国のみならず、遠くロシアからの患者も多いらしく、受付の案内にはロシア語も見受けられます。時間がどうのこうのと言っている場合ではなく、希望の病院に入れたことを感謝しなければいけません。
ワンちゃんの朝の散歩時間を早めて7時には家を出ないと間に合わないので、前日は早めに就寝しました。ところが、すぐに目が覚めてしまい、それから寝つけません。結局朝までまんじりともせず横になっているだけでした。妻の身体にメスが入ることを思うと、やはりいろいろと想像してしまいます。一方、昨日目の当たりに見た100名の群衆の少なくとも半数ほどはすべてがん患者であの人たちも皆手術を受けたり、抗がん剤での治療をするのです。医者にしてみれば、ベルトコンベアで流れてくる多くの患者を次から次へと捌いていくわけです。そう思うと、医療技術の進歩で治療も簡単になっているのかもと勝手に思ったりしました。
定年退職後、これほど緊張した朝を迎えるのは初めてのことでした。手術当日、病室に行くと、これから手術を受ける妻本人は割と冷静なので少しほっとしました。妻は、朝、手術の内容の説明を受けたことを私に伝えます。友人のおかげで、いい先生に執刀してもらうようになったのだから安心して頑張ろうと、言葉をかけます。手術が始まって約4時間後に、先生から渡されたPHSに連絡が入ったら、説明室に行く予定になっています。
手術中、ロビーで待機していると、ほぼ時間通りに先生から電話があり説明室に出向きました。すでに先生が待っていてくれて、摘出した長さ20cmほどの腎臓を見ながら部分切除ではなく全部摘出する必要があった理由の説明がありました。取り出した臓器を目の前に見せられて異様な気持ちになりながらも、腫瘍の部分がはっきりと見てとれ、それが細い血管にまつわりつくようになっていました。この血管部分を避けていれば部分切除で残すことができたそうです。先生の態度が自信に満ち溢れていたので手術はうまくいったと確信しました。
術後の処置があるのでもう少し時間がかかると言われて待つ間に、半休を取った娘が心配そうな顔で会社から駆けつけました。もう2時を過ぎていますが、妻の顔を見るまでは二人とも食事をする気にはなれません。妻は暫くしてようやく病床に戻ってきましたが、まだ麻酔が効いていて眠っています。いつも元気でいたのでこんな姿を見るのは結婚して以来初めてのことです。
目が覚めたら連絡するので病室の外で待つようにと看護師さんに言われました。暫くして呼ばれてやっと本人と会うことができました。よく頑張ったねと声をかけると、か細い声で、腹部に痛みがあるのと水が飲めないのが辛いと言います。不満を言えるのは元気な証拠だと思ってひと安心しました。安心すると急に空腹を覚えたので娘と1階に食事に行くことにしました。
夕方、術後の様子を見に来てくれた先生にお礼をいい、娘ですと紹介すると、「大変ですね、次はおとうさんに選手交代ですね」と言って笑いました。先生も、2週間の間に夫婦揃って連続でがんの手術なんて珍しいと言いながら、そのことを冗談めかして娘に言ってくれています。それを聞いて、言葉の裏に手術への自信を感じて頼もしく思え、この先生なら自分も安心だとまた少しほっとしました。
病院に初めて出向き主治医と面談したときは、とにかく初めてでもあり緊張しました。その後何回か面談していたので、次に、私自身が診察してもらうときには、なんだか知りあいのような感じで話しができ、冗談も言えたのでした。よく、医者と患者の相性がいいとか悪いとかいうことがあります。相性がいい医師が必ずしも名医とは限りませんが、常に不安と闘っている患者にとって医師との信頼関係は大事だと思いました。がん患者のような重病の場合、心のケアが大事だということを身に染みて感じた次第です。
~つづく~
蓬城 新