2020年9月28日 / 最終更新日時 : 2020年9月28日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より「樫の火」 樫の火 空から うわの空へ 肉塊や果実を投げて ようやく七曜を繋げて来た 庭にある炉に古い樫の薪を入れる 二十年余り納屋に積まれていて 樫の薪には虫がつかない ひび割れているが 灰色の樹皮は剝がれていない 堅い樫は火力が […]
2019年8月14日 / 最終更新日時 : 2019年8月14日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「終わりの夏」 終わりの夏 従妹はバッハばかり弾いていた 少し速いんじゃない 指が心持ちゆっくり鍵盤から離される 私は花瓶を持ち上げる シチリアのことはよく知らなかったが 波の中に島の形が浮かんで消えた 断崖の上に緑の土 […]
2019年7月31日 / 最終更新日時 : 2019年7月31日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より「祝福の木」 祝福の木 男に抱かれた黒い犬の目が私を射る 目が妙に光り 金色の環が生まれる 雑誌に載っている写真の中の 動かないはずの犬の目が光を放つ 犬は男の腕をす り抜ける ベランダの木の階段を降りてくる 顔を 上げ 光の矢を放ち […]
2019年7月24日 / 最終更新日時 : 2019年7月24日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より「春の来方」 春の来方 何人目かの来訪者がくれたのはくすんだピンク色の 缶だった ピンクの缶には絵や文字がなくて 中に カードが入っていた カードには花を咲かせた木が 描かれていた 枝ごとに花の形が異なり 何の花と もつかない花が鈴な […]
2019年7月17日 / 最終更新日時 : 2019年7月17日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」~より「球花」 球花 松の花 初めから微小な球形をした粒の集まり 粟 の穂に似た黄色の穂 それが現われるのはいつだっ たか 裸木ばかりの冬の林に 高い松の木が傾いて 一本だけ立っていた 丘の上を歩きながらその木を 探して目が彷徨う 松毬 […]
2019年7月10日 / 最終更新日時 : 2019年7月10日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「家」 家 両親はドーナツ型の家に住んでいる 数日経ってよ うやく気づいた 向い合わせに窓があり あまりに も明るい室内 両方の窓際にベンチが作り付けられ ている 私は何気なくテニスボールをベンチに置い た ボールは転がって 両 […]
2019年7月3日 / 最終更新日時 : 2019年7月3日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「ス―プ」 スープ 娘がスープを作ります それは丁寧に本格的に作る のです レンガの壁を背にして おごそかな口調で 翠さんが言った 大きな鍋には既に何かがたぎって いる 翠さんの娘はその中に刻んだベーコンを入れ た 厚みのあるベーコ […]
2019年6月26日 / 最終更新日時 : 2019年6月26日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「低く飛ぶ蝶」 低く飛ぶ蝶 狭い側溝の中で 薫色がちらちらした 小さな蝶 小刻みに飛行をくり返し 翅を閉じると 斑点のある灰褐色 側溝の上の生垣に白いアベリアが咲き 明日も低く飛ぶだろう しじみ蝶 黄昏の目で辺りを見ていま […]
2019年6月19日 / 最終更新日時 : 2019年6月19日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「失くしたもの」 失くしたもの 失くしたものを数えていて ワインをこぼした うっかりと 夏帽子 モンブランの万年筆 狐の毛の短い襟巻き 品物よりも 失くしたそれらに纏わること 踵の高いサンダルで岩を伝った 心から笑い 今この時に熱中する […]
2019年6月12日 / 最終更新日時 : 2019年6月12日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「空の汀」 空の汀 広場がほんのり桜色を帯びている 敷材が新しくなっていた 表面に白い粉が浮いている この広場で海を感じたという人のことが 心に浮かんできた ここから海へは遠い おそらく その人の胸にたゆたう海へも テ […]
2019年6月5日 / 最終更新日時 : 2019年6月5日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「蔓の午後」 蔓の午後 豌豆の花が咲いただろうか 五月になれば きっと思い浮かぶ小さな花 赤紫の花びらが 開ききるのを拒むように向き合い 円形の葉は花より少し大きくすっかり開き 蔓の先は糸の細さでふるふる伸びる 何にでも取りつき螺旋状 […]
2019年5月29日 / 最終更新日時 : 2019年5月29日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「白桃」 白桃 水蜜桃 そう呼んでいた 桃を入れた竹の籠が 縁台の傍に置かれていた 好きな時に食べなさい 祖母は言ったが 繊毛のある白い肌 手に余る大きさ 柔らかさ 大人の誰かが どうにかしてくれないことには 澄んだ […]
2019年5月22日 / 最終更新日時 : 2019年5月22日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「水位」 水位 鉱山の跡で採って来た石を 幼い子が放り投げた 庭石に当たってカーンと音がした 午後三時五十九分 川に近い小屋に繋がれた猟犬が いっせいに声を上げた 獲物を追い立てる声ではない 餌をねだる声でもない ふっと漏らしたた […]
2019年5月15日 / 最終更新日時 : 2019年5月15日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「双子座流星群」 双子座流星群 東の方 それから南へと空を仰いだ 点々ときらめきがあり 翳りのあるレモン色 光は強くない 流星は どの辺りに現れるのだろう 双子座が どんな姿をしていたか ともかく今にやって来る 北半球の 冬 […]
2019年5月8日 / 最終更新日時 : 2019年5月8日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「冬の星」 冬の星 流星が見えない夜が明けると 父の命日だった 夜には昨年と同じように 近くの大学のホールへ クリスマスコンサートを聞きに行った 高名なヴァイオリン奏者は 姿からして鮮烈だった ドレスの色が真ん中で 縦 […]
2019年4月17日 / 最終更新日時 : 2019年4月17日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「紫」 紫 自転車を折りたたんだ 硝子の水差しに水を満たした 人に伝えたいことを思いながら 何ということもない作業を重ねる 短い旋律が湧いてきた 丸く膨らんだ花 大きめの薊の花が色を失っていく 初めは冴えた紫だった […]
2019年4月10日 / 最終更新日時 : 2019年4月10日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「なつかしい人」 なつかしい人 散った花びらを握っている 乾いて褐色になり よじれたガーベラの花びら 綿毛の下に 細い種が付いている 一日一日を問い尽くし ほぐれた花びら 種との境にふわり冠毛を生やして 待っていた 鳥の柔毛 […]
2019年4月3日 / 最終更新日時 : 2019年4月3日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の木」より「影絵」 影絵 暮れかかるころ 真新しい教会の前を通った 教会の破風にはダビデの星が光っていたが 私はその先に用があるのだった 前方を男が歩いていた 男の右足の先に何か影があった 夕闇と見分けがつきにくい 影はすぐに […]
2019年3月28日 / 最終更新日時 : 2019年3月28日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「往還」 往還 気づかないふりをするのに 疲れた いや 飽きてしまった 不意打ちに会い (そうだったのか) 隠されていたことを (とうに気づいてはいたが) いまはっきりと受け止める アスファルトの広い道 交差点の中央が急に盛り上が […]
2019年3月22日 / 最終更新日時 : 2019年3月22日 Nishi 荻 悦子 荻悦子詩集「樫の火」より~「徴」 文芸館では、これまで、荻悦子さんの詩集「流体」に収められた詩を紹介してきました。今後は、年に出版された詩集「樫の火」(思潮社)に収録された作品を順次紹介していきたいと思います。 徴(しるし) &n […]