追憶のオランダ(14)日本食に飢える

海外旅行・出張の時などはそんなに感じたことはないが、海外赴任で5年6年となるとやはり日本食は恋しくなるものだ。特に本格的な日本食は。
自分自身が経験したことだが、日本から海外出張した時、その地で勤務している同僚や取引先の日本人駐在員は日本からの出張者が来ると、決まったように「日本食はどうですか?」と勧めてくれる。親切でもあろうが、実際のところは彼ら自身が久しぶりの日本食(大体において、日本食、しかもチャンとした日本食レストランは高い。)を食べたがっているのがよく分かる。それで、こちらも敢えてこの地の料理を食べたいと意地悪(?)も言えず、「それじゃ、そうしようか。」となる。こちらとしては、つい昨日まで日本食とは言わず日本で当たり前に食事してきているので、本当のところはその地の何か旨いものでも食べてみたいと心の底では思っているのだが。

それが、今度は立場が替わり自分自身が海外駐在員となってみると、半年もすると確かに本当の日本食が恋しくなってくる。不思議なものだ。家で普段食べるのはもちろん日本食が多いが、食材には制約があり、日本にいた時と全く同じというわけにはいかない。でも、女房殿の努力で大体満足できるものが食べられている。海外で、本格的な日本料理を出す店は、それほど多くはない。どの都市でも、最近は日本食ブームにあやかって、ちょっと日本で下働きをしたくらいの日本人ではない料理人が怪しげな日本料理店をやっている。メニューから始まり料理自体も怪しげである。日本人としては、日本食を宣伝してくれるなら、もっとちゃんとしたものを出せと言いたい。腹立たしくもある。まず、店の雰囲気からして日本とは思えないところが多い。当然、出される料理も、現地流にアレンジされているならまだ許せるが、どこの料理か分からないようなものも結構ある。ヨーロッパなら、ロンドン・パリあたりには高級な日本料理店もあろうが(高級が必ずしも本格的とはかぎらない)、オランダはその数が少ない。個人の感想としては、別に宣伝をするわけではないがアムステルダムのホテルオークラの「山里」が一番いい。ということで、月に一度は車を飛ばして、家族で「山里」まで出かけたものだ。ロッテルダムでは、ちゃんとしたところは「弁慶」一軒のみ。この店は昔、ロッテルダム勤務の日本人のために、本当の日本料理を食べてもらおうと男気を出した店主が日本から移住し、店員も日本でスカウトして連れてきて始めた店で、料理の味付けから、店員の作法まで実によく仕込まれている。私は、事務所とこの店が目と鼻の先だったので、家族が来るまでの約半年は、毎日昼・夜と入り浸っていた。また、慣れない新米駐在員の心得ておくべきこの土地のことなどをいろいろ親切に教わりもした。店主をはじめその店の人たちには随分助けられた、大いに感謝している。もちろん家族が来てからも、家族サービスで結構な頻度で食事に行った。ほかの日本食レストランらしきところには一切浮気していない。私の場合、日本からの客、オランダ人の客問わずに必ずお連れしたのはこの「弁慶」だけだった。

余談だが、この「弁慶」の店主の御曹司の名前が慶(けい)ちゃんという。彼は、オランダ育ちだからオランダ語はペラペラ。その彼が自己紹介をする時、Ik ben Kei.と言う。オランダ語で、私はケイです、と言っているだけなのだが、慶ちゃんは、きっちり親父の店の名前を宣伝をしていたのだ。店のことを知っている人は、それを聞いて笑いが止まらなかった、息子にいい名前をつけたなあって。

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