フェルメール
フェルメールはこれまでにいくつもの作品が盗難にあったり、また贋作問題で法廷闘争まで起きたりと、ともかく話題の多い画家で日本でもいろいろな人たちが論評していますので、詳しくはそちらにお任せして、私とフェルメールとの出会いについてお話します。
初めて彼の作品を見たのは、1993年デン・ハーグのマウリッツハウスの「真珠の耳飾りの少女」と「デルフトの眺望」でした。ついで、アムステルダムの国立美術館の「小径」と「牛乳を注ぐ女」でした。これらの作品は非常に見ていて快いものでしたが、人物描写をした他の作品は、フェルメールには本当に申し訳ないが、私には顔の表情(特に、目元)が薄気味悪く感じられてなりませんでした。ということで、皆さんがフェルメール、フェルメールと言われるほどには興味は持てませんでした。
彼の生まれたデルフトは、私が当時住んでいたロッテルダムからも近くてオランダの中で私の最も気に入った町で、個人的にはあまり用もないのにただぶらり、また一社だけあった重要な取引先をしばしば訪問、たまには日本からの客の観光案内にと、ほぼ毎週くらいに行っておりました。その意味では、彼自身が歩いた同じ場所を私も歩き回っていたことになりますが、それを知ったのもさらに後のことでした。
ある時のこと、興味本位でその「デルフトの眺望」(写真)を描いた場所に行ってみようと思い、あちこち探し回りました。しかし、それらしい場所はあるのですが、どうも建物の位置関係がおかしい。結局、この絵は、彼が画面上で再構築したものだったことがわかりました。
その絵でもう一つ気になって仕方がなかったのは、遠くに見える新教会の尖塔の突端の部分が現在よりも短く描かれていること(画面中央より少し右の白っぽい高い建物)。この教会は彼自身が洗礼を受けた教会でもあるので、彼が現実に見たものと違った形で描いたとも思えません。したがって、現在のものはフェルメール後に尖塔の部分が改修されたものなのか?と思いつつ、その点は未確認です。
これもまた肝心の絵の主題に関わることではないのですが、「ヴァージナルの前に立つ女」などの背景の壁の一番下に横一列細かく描かれている「タイル」にタイルコレクターである私の目が釘付けになりました。そこにはいろんな格好をしたキューピッドが小さく描かれています。装飾用の壁タイルとはいっても、古い邸宅などにあるマントルピースの内壁に張り詰めたもの以外にはあまり見たことがなかったので、この絵を見て、なるほど昔はこのように使っていたのかと納得したものです。したがって、これらのタイルは床を掃除する時にいつも箒などにコツンコツンやられて、傷だらけになる運命だったのです。私のタイルコレクションも無傷のものは非常に少ない、むしろ傷は長い時代を経てきた証なのです。
それともう一つ、顕微鏡の発明者アントニ・ファン・レーベンフック 注)と彼が懇意にしていたらしいこと。私は実物を見たことはないのですが、この辺を研究している福岡伸一氏によれば、レーベンフックの観察画がフェルメールの亡くなった年から急に描写の質が落ちたことを挙げておられます。フェルメールは友人でもある彼の本の挿絵を書いていたのか・・・。そして、「地理学者」とか「天文学者」のモデルはきっとレーベンフックその人ではないかと確信するようになりました。「絵のモデル料」と「挿絵の原稿料」が多分見合ったのでしょうね。最後にはレーベンフックはフェルメールの遺産管財人まで引き受けていますので、生前の親交の程が伺えます。
注)顕微鏡については、彼とよく混同されるイギリス人ロバート・フックという人がいます。
1996年5月、フェルメールファンの待ちに待った大フェルメール展がマウリッツハウス(写真左)で開催されました。御存知のようにフェルメールは生まれてから死ぬまでデルフトを出ずに一生を過ごした珍しい画家で、その作品数も30数点と多くはありません。それらの作品は世界中に散らばっていますが、今回そのほとんどの作品が一堂に集められる企画ということで、普通の企画展以上に注目を集めていました。後にも先にもこれだけ集まることはないだろうということで、ヨーロッパ内外からも大勢の人がマウリッツハウスに詰め掛けて来ていたようです。
鑑賞するには、事前に申し込みが必要で、しかも入場券には日時が指定されるというこれまでにないやり方でした。日時を指定までしたのは、さほど大きくないマウリッツハウスに一時に大勢の客が殺到するのを避けるためですが、何だか堅苦しい感じもしないではありませんでした。幸いにも、2枚入場券を入手でき、女房ともどもおかげで割とゆったりと鑑賞することができました。左の写真は、その時のチケットと解説書です。私個人として、一番薄気味悪いと感じる絵がチケットを飾っています。フェルメールさん、ごめんなさい。
現在「上野の森美術館」で展示会開催中です!
http://www.ueno-mori.org/exhibitions/article.cgi?id=857636
宮川直遠