シンゴ旅日記インド編7 プネの結婚式の巻
一週間前の南インドの盛大な結婚式出席に続き、私の住むプネでも結婚式に出席しました。日本から出張で来ていたインド人社員も一緒です。今回はこじんまりした感じでしたが、これも良かったです。
小さな鋳物工場の息子さんの結婚式です。お父さんが好々爺で私たち日本人参加者を下にも置かぬ扱いでした。
昼間の結婚式でした。銀の容器に会社名を記入したものをお祝い品として持参することにしました。そして式に向かう途中にブーケを買いました。
そのため10時30分開会でしたが到着が30分遅れました。
当然ながら(?)結婚式はまだ始まっていませんでした。
会場は大き目の家の中庭に屋根をつけたような感じでした。150人位が座れる椅子を並べ正面に舞台が設けてありました。
舞台の垂れ幕にはヒンディー文字で新郎と新婦の名前だけ書いてあります。質素です。会場の入り口で新郎の弟さんが色のついたお米をお盆に入れて参加者に渡していました。そのお米は式の途中で新郎新婦めがけて投げるのだといいます。
私がカメラボーイ(カメラおじさん?)よろしくあちこち写真を取って歩いていると、新郎のお父さんが寄って来て入り口に向かった新郎を撮れと言います。その新郎の後を追います。
そこで少し儀式を行って新郎は舞台に戻るのですが、なかなか新婦が現れません。
式が始まりません。我々は4時から他にアポあるのでちょっと遅めの進行が心配です。人の良いお父さんは我々をいろんな人に紹介してくれます。
そんな人たちに挨拶していると新婦の入場です。
式が始まりました。新郎新婦が舞台に上がると二人の間に布がたらされ仕切られました。そして傍の人が声高らかに何かを歌い始めました。
新婦の手を見ると入れ墨みたいな模様があります。
どこかの部族か?
そういえば出張先からプネに戻って来る飛行機の中でも同じような入れ墨した女の人たちがいたことを思い出しました。インドにもまだいるのか入れ墨族?
詩吟のような、コーランのような歌はなかなか終わりません。布も二人を引き裂いたままです。
歌の途中に数回に分けて参加者が入り口でもらったお米を新郎新婦に向けて投げつけます。歌が終わりました。布が下ろされました。
二人がお互いに花飾りを首に掛けます。そして二人は舞台の上に腰をおろして座りました。
介添え人が器に入った水のようなものを二人の眼に塗ります。目をハンカチでぬぐう新郎、水だけではないようです。
それが終わると参加者が壇上にあがり新郎新婦にお祝い品を渡し挨拶します。
私も写真を撮るため靴を脱いで舞台に上がっていましたが、一旦舞台を降りて挨拶の列に向かうため靴を履こうとしました。しかし参加者が投げつけたお米が舞台上に散らばっており、それが靴下にくっついて払い落とすのに四苦八苦しました。結局、全部は払い落とし出来なくてそのまま靴を履きました。変な感じでした。
それでも列に間に合い同行者と一緒に新郎新婦にお祝い品と花を渡しました。
しばらくすると新婦は一旦退場しました。お色直しとのことです。
お嫁さんの持参の品が舞台の袖に飾ってあります。
その間に昼食です。
お父さんが付きっ切りで椅子を用意したり、料理の追加を持ってきたりしてくれました。そして出席者に我々を紹介してくれたり。感激です。
私は料理を食べるのが楽しみで結婚式に参加しているようなものです。
真ん中上の緑の汁は、豆が原料です。結婚式の時にしか作らないといいます。美味しいです。何杯もお代わりしました。
今回もベジです。お肉類は一切ありません。
先ほどの新婦の入れ墨について食事中に隣に座った現地の人に聞きました。あれは入れ墨でなく印刷ですよ、2-3日で落ちますよと説明してくれました。そしてその印刷刺青のことをメンディというと教えてくれました。
私は刺青をする種族だとばかり思っていましたのでホットしました。
そうか、飛行機の中の人たちも知り合いの結婚式に参加するために印刷していたのですね。
食事を終わるとお色直しした新郎新婦が舞台にいました。お別れに一緒の記念写真を撮りました。
帰りがけに本社から来たデリー出身のインド社員が、どうしてこちらでは結婚式に踊りがないのかと不思議がっていました。
北インドでは結婚式では踊りが付き物とか。同じインドでも『ところ変われば』ですね。
赴任一ヶ月で2回も結婚式に出席できました。
そして、私の運転手はチェンナイで結婚するため帰省中です。帰ってきたら来月プネで披露宴をします。これにも招待されています。
またベジの美味しい料理食べれるかな。でも、私の運転手はキリスト教なのです。
どんな料理が食べられるのか楽しみです。