シンゴ旅日記インド編(90)ワテは運転手 謝るは負けの巻
ワテは運転手 謝るは負けの巻
ワテは会社の運転手でんねん。
ご主人は日本人の社長さんですわ。
前の日本人の社長さんに二年、そして今の社長さんには二年以上仕えてまんのや。
前の社長さんは、奥さんと二人でインドに来てはりましたんやで。
今の社長さんは単身赴任ちゅうやつですわ。
そんで、前の社長さんが住んではったアパートに入りはったんで、3LDKに女中部屋がついてる広いアパートに一人で住んではるんですわ。
今の社長さんの奥さん、一回もインドに来てはらへんのやわ。きっと、ワテんとこみたいに、夫婦仲が悪いんとちゃうかなあって思ってましたんや。そんで、ある時な、社長さんに、奥さんはインドにいつ来(き)はるんですかってお聞きしたことがあるんでっせ。
そうしましたらな、社長さん、言わはったんでっせ。
『前に駐在していたタイも、単身赴任でした。タイは奥さんがいない方が良いんですよ。
でも、インドはそれとは違う意味で、奥さんを連れて来ない方が良いのです。』
ワテな、それが、どういう意味か今でもようわかりまへんのや。
この社長さんな、インドのもんを何でも食べはるんですわ。
前の社長さんは、奥さんがこさえた日本食の弁当を会社に持って来はって食べてはりましたわ。
でも、今の社長さんな、プネに来はってから毎日昼飯はインド食ですねんわ。
と、言うてもな、ここでは日本のレストランはオー・ホテルの中にある『原宿』だけですんや。
チェンナイやバンガロールなんかと違(ちご)うて日本食の弁当なんかありまへんのや。
最初の頃はワテがお店からもらってきたメニューをお見せして、チャーハンやカレーや、おかずやちゅうて注文して食べてはりましたけど、そのうちに毎日チキンカレーかベジ・ブリヤニになりましたわ。
ブリヤニって何かってですか、何ちゅうのかなあ、お米料理ですわ。
中華のチャーハンでものうて、イタリア料理のリゾットでものうて、そうそう日本の釜飯ちゅうか、炊き込みご飯みたいなもんですわ。
えっ、料理のことぎょうさん知っとるやないかってですか?
ワテ、こう見えても、料理得意なんでっせ。
前に社長さんのお家で人が集まらはった時に、インド料理を作ってあげたこともあるんでっせ。
そういえば、最近、社長さんはインド料理を作ってくれっていいませんな。
あの時に買(こ)うといた香辛料のパウダーはまだあるんやろか。もう封切ってから一年以上たっとるさかい、賞味期限が切れとるはずやわ。
今度社長さんに聞いてみたろ。
そやそや、その社長さんのランチのことやった。
社長さんな、毎日続けてインド料理ばっか食べてましたんや。
ようも飽きんと毎日食べてはったと思いますわ。
そやからビスネスマンのことを日本では商人(あきんど)といいますんかいな。
去年来(き)はった若い日本人のスタッフ二人も社長さんの真似して毎日インド料理を食べてはったんでっせ。最初はタリーとかダルカレーとかばっかりでしたけどな。最近では中華料理まがいの店を見つけて、そこから中華料理を取って、三人で分けて食べてはりますわ。
うちの社長さんな、いつもは冗談ばっかり言ってはるけど、時々、カッーとなりはるんですわ。
たとえばですか、そうやなあ、そうそう、うちの会社な、去年から現地法人化されたんやて。
その前は駐在員事務所ちゅうステータスやったんやて。
そんで、この前な、庶務担当が駐在員事務所を閉鎖する続きで、銀行へ追加で提出する書類の作成で間違いをしましたんや。
ワテな、事務所におるときは、二人の近くに座ってますのやけど、お仕事は関係あらへんからね、何のことやら、てんで、わからへんかったんですわ。
社長さんが書類にサインする前に言わはったんですわ。
『何ですか、これは、少し、おかしいのと違いますか。
私がサインする書類ばかりでなく、会計士が提出する書類も、うちのレターヘッドになっていますよ。それに、そのレターヘッドが駐在員事務所のものでなく、今の法人会社のものですよ。
前のレターヘッドで作り直しなさい。』って言わはったんですわ。
庶務担当な、その時、社長の方を見んと、パソコンを見つめてじっーと黙ってたんですわ。
いつもやったら、ようけ言い訳する奴なんですわ。でも、その時は、自分が悪いってことが、バレバレやさかい、言い訳が出来んかったんでしゃろな。
そして、ちょっとしてから、社長さんに言われた通りに、書類を作り直して、印刷して、何も口利かんで、そぅーっと社長さんの机の上に置いたんです。
そしたら、社長さんが、『あのね、私に書類を出す前には、しっかりと確認をしなさいね。今回は何を間違えたのか、わかりましたか?そして、間違っていたら、すみませんと言わなければいけませんよ。』て、ちょっと強い口調で庶務担当を叱りはったんですわ。
そんでも、庶務担当は、またじっーと黙ってパソコンを見つめたまんまでしたねん。
ワテ、インド人でしゃろ。庶務担当の気持ちは全部分かりますわ。
そんなん、自分がミスしても、謝ったら負けでんがな。絶対に謝ったらアカンのでっせ。
庶務担当な、黙っておったんで、社長さんな、アップセットしてシャウトしだしましたんや。
『おいおい、誰にも間違いはあります。しかし、間違ったらすみませんと謝るのが普通ですよ。
そう思いませんか』て言うて説教口調になりましたんや。
これ標準語で言うと、怒っているように見えませんね。
関西人やったら『おい、わりゃ、どこ見てけつかるねん。ちょっと、わいの話し聞かんかい。
そんなん、間違いなんか、誰でもするがな。そやけどな、間違えとったら、カンニンやって謝るやろ。そんなん、当たり前やんけ。ワレ、どついたろか、いてまうで。』
て、言うんやろか。でも、怒鳴る時は何でか、河内弁がちょびっと入ってしまいまんな。
そんで、会社が終わって、ワテが社長さんをアパートに送る時のことですわ。
その時は、いつも一緒に帰る日本人スタッフ二人は出張に行っておって、おらんかったんですわ。社長さん、独り言のように、でも、ワテに聞くかのように言わはったんですわ。
『ミスしても謝らないのは個人の問題でしょうか、それともインド人一般の問題でしょうか』
ワテな、運転しながら、ルーム・ミラーでちょびっと社長さんの顔を覗いてから答えましたんや。
『社長さん、それは個人の問題です。インド人一般や思われたらつらいです。』
ワテな、『謝らないのは、インド人一般であると決まっていますよ。』って本当は言いたかったんや。
そやけど、社長さんが、きっとそれは個人の問題やって思いたがってはりますやろ、そやから、つい『それは、個人の問題です』って口に出てしもうたんですわ。ワテも、ええ加減な人間でんな。
ワテもインド人やさかい、場に合わせてしゃべるんが、うまいんやろなあ。
そやそや、この社長さんが来てから、ワテらスタッフな、毎朝打合せをしますんや。
運転手のワテも入れてでっせ。そんなん、まず、時間通りに始まりませんわ。
うちのスタッフは私を除いて、みんなバイクを運転して会社に来るんでっせ。
ぴたっと、8時半に会社に来れまっか。絶対5人のうち一人は何分か遅れまんのや。
社長さんな、遅れるときは電話せいって言わはって、最初は、みんな、まじめに5分遅れます、10分遅れますって社長さんに電話してましたわ。
そやけど、今は連絡してこん人もいますんや。誰かって、そんなん、名前は言えませんがな。
そりゃ、バイクの運転中に携帯使って、ちょっと遅れまっせって言うのは面倒ですもんね。
そんで、社長さんも心得たもんで、8時半からやのうて、みんなが会社に来てパソコン開いて、メールを一通り読んだと思われる8時45分ころから打ち合わせを始めるんでっせ。
みんな言うても、ワテだけパソコンはありませんけどね。
打合せは、これまた、狭い会議室に入るんですわ。
六人しか座われん部屋に八人が入るんでっせ。そやさかい、椅子が足りませんがな。
二人は、どうしても自分の机の椅子を持ってくる必要があるんですわ。
で、部屋に入るのに手間取っておるのんがいても、社長さんな、無視して『Good Mooorning』って始めてしまうんでっせ。早うせい、時間通りに始めるちゅう意味やそうですわ。
そして、社長さんが、まず全体的なことや、ご自分がその日にすることをしゃべりはりますわ。
社長さんな、気分がいい時は、今の季節は日本ではこんなんやとか、今日は中国と日本では何々を祝う日ですとか、タイではこんなことがありましたとか、いろんなこと話してくれますわ。
そして、今度のインドの祝日は何の神様を祝うんやとか、隣の州の選挙結果とか、ご自分が見はったり、聞かはったりして分らんことをスタッフに聞いたりしまんのや。
ワテら、ちゅうか、ヒンズーの人な、ファミリーゴッドがまちまちなんですわ。
インドの文化についてはお互いが違うこと言ったり、知りませんって言うと、社長さんな、ニコニコ笑って、これがインドなんやなあって顔してはりますわ。それに、社長さんな、ワテらの知らんインドのことを時々しゃべらはる時もあるんでっせ。どこでそんなこと調べてはるんやろか。
社長さんの話しが終わると、座っとる順番に今日することを話すんですがな。
他の仲間はええですわ。
営業もメンテも庶務もすることあるさかい。無かっても昨日やったこと報告すれば済みますがな。
ワテは庶務の補助も兼ねてますけど、メインが運転手ですやろ、その日にするお仕事とってほとんどおませんのですわ。でも、社長さんな、聞いてきよるんですわ。『全くすることが無いというわけではないでしょう。何かあるでしょう。一日中机に座ってるだけですか』これ、いじめとちゃいますか。
そんで、ファイリングを手伝いますとか、電話代を支払いに行ってきますとか、エアコンの掃除を頼みますとか、いろいろ考えなアカンのですわ。運転手はつらいよ、ですわ。
そんで、ある時な、、、アカン、アカン、もう社長さんを空港に迎えに行く時間やわ。
ちょっと遅れると、すぐ電話かけてきよるんでっせ。あの社長さん。
そんなん、インドですがな。時間通りになりませんがな。
この前な、社長さんが出張から帰って来て言ってはりましたで。
『飛行機が到着し、CAがアナウンスで、時間通りに到着しました。時間を守るのは大切なことですって言いましたよ。しかし、その飛行機は定刻20分前に離陸してたんですよ。』
そんなもんでっせ。インドは。アカン、もうアカン、また今度お話しまっさ。
まあ、今の社長さんが来てから毎日おもろいことばっかでんがな。楽しいおまんな。運転手は。
あっ、ワテ、さっきはつらいって言ったばっかりやのに。
まあ、インド人は、間違っても謝らんし、知らんでも知っとる顔するちゅうことですわ。
なんせ、謝ったら負けやし、それに知らん言うて相手をがっかりさせんとこ思うてますのや。
付け加えときますけどな、社長さん、すぐ怒鳴る人やけど、スタッフとは仲が良いんでっせ。
さっきの庶務担当なんか社長さんを先生か父親見たいに思ってますわ。ほな、さいなら。
丹羽慎吾