シンゴ旅日記インド編(93)ワテは運転手 地図の巻
ワテは運転手でんねん。ご主人は日本人の社長さんでんねん。
この社長さん、結構、笑える人でおますねん。
まずは、三年前に赴任して来はった時のことですわ。
あん時は、前の社長さんが、先に帰ってしまはって、今の社長さんが一人で来はったんですわ。
社長さんはその前に出張で一回プネに来てはりましたから、ワテは顔は覚えてましたんや。
なんせ、あのエラの張った四角いお顔立ちに、ちっこいおメメでっしゃろ。忘れようにも、なかなか忘れられませんがな。
そんで、夜中にムンバイの空港でお出迎えして、空港近くのホテルで一泊して、翌朝に車で4時間かかってプネのアパートまで送って行きましたんや。
荷物を4階まで運んであげて、別れ際に、ワテは『今度の日曜日はどうしまっか、買い物にでも行きまっか、お供しまっせ』って言いましたんや。
そうしたら、社長さん、日曜日にホンマにワテに電話かけて来はりましたんや。
そんなん、たまげましたで、当然、お断りしましたがな。何て言い訳したんやってですか。
決まってまんがな、車が運転できんちゅうたら、『お腹が痛いです』ですがな。
そんな時は、ちょっと声を落として話すんでっせ。
あんさんも、上の人にばれんように気ぃつけなはれや。
なんで断ったんやってですか。
ワテはインド人でっせ、人が喜びそうなことやったら、つい、何でも言ってしまいまんがな。
何でも言ってしまういうたらな、ワテ、時々、新しいお客さんのところに運転してことがありますんや。住所と電話番号だけで、車を運転しながら探して行くんでっせ。
ワテな、その場所の近くに行ったら、出来るだけ、そこに居る人に聞くことにしてまんのや。
そりゃ、インドですがな、10人に聞くと10人がとも、近寄って来て、教えてくれますんや。
けど、結構往生することがおまんのや。前に聞いた人と真反対の方向を、次に聞いた人に言われまんのや。どっちゃへ言ったらエエんか、迷いますわ。
そんで、後で聞いた人の方角に行ってな、また、別の人に聞くと最初の人の言った方角やちゅうんですがな。こんなん、しょっちゅうですがな。Noと言えないインド人ちゅうんですかな。
えっ、それに似たような題名の本が日本におましたんでっか。
それに、ワテらは地図とか書くのが苦手ですねん。
社長さんな、前にワテに地図書いてくれって言わはったんですわ。
ワテが会社の帰りに連れて行ったモールに、今度は自分で自転車に乗って買い物に行きたいさかい、道順を書いてくれって言わはったんですわ。
けど、ワテ、地図が書けませんのや。ちゅうか、書いたことがおませんのや。
ワテら、地図を書かんでも、自分で運転して行ってしまいますがな。
どこがどうで、どこの角で曲がってとか、北とか南とか、さっぱりわかりませんのや。
でも、何とか書いて持っていったら、社長さんな、黙って受け取らはって、それからは、地図書いてくれって一回も頼まれませんわ。
なんでやろか、プネの町が詳しゅう載っとるエエ地図を買いなはったんやろか。プネの地図言うても、ホテルにある大まかなものに毛の生えたもんしかありませんのやで。
ワテが聞いた話やけど、日本の町や、工場団地や、アパートには辺りの地図を描(か)いた看板があちこちに立ってるそうでんな。
インドにはそんなもんありませんで。
何でかて、そんなん、描く人も読める人もいませんがな。
そんなら、えっ、大きな空港には、現在位置がここで、搭乗口がどこやちゅう看板があるけど、インドの空港にあるかってですか。
そんなん、あらへんのとちゃいまっか。
インド人やったら、みんながみんな、人に聞きますがな。それが一番無難ですわ。
話しは変わりまっけどな、会社の車にはナビが付いてるんですわ。
ワテな、社長さんをボンベイ、いや、今はムンバイやけど、そこの空港に送っていくことが結構ありますんや。そんで社長さんな、行く途中で、ナビと遊ぶのがお好きなんですわ。
ナビが女の人の声で、『次の角を右に回ってください』とか言うと、社長さんな、後ろの席から身を乗り出して『ありがとう』とか『どうして知っているんですか』とか、『頭いいですね』とか『今度お食事ご一緒しませんか』とか言って返事して遊んでまんのや。ホンマに変わったお方ですやろ。
ワテな、何回もムンバイ空港を往復してまっしゃろ、そんで自分の運転する道がもう決まってまんのや。他の道は知らんさかい、通りたないんですわ。
この前のことですわ。空港へ行く途中で社長さんが後ろの席から、『ナビがここで曲がれって言っていますよ。どうして曲がらないんですか』って聞かはるんですわ。そんなん、ワテの通ったことのない道ですがな。
ワテは答えましたわ。
『この道の先は工事中です。行くと遠回りせなアカンので、いつもの道を走ります』
で、その次にムンバイへ行く時は、社長さん、ちょっと考えはったんですな。
いつもよりも早い時間にプネを出て、ナビの言う通りに空港に行けって言わはりましたんや。
行きましたがな、ムンバイの町の近くで、いつもは真っ直ぐに行くとこを、ナビに従って、右に回りましたがな。知らん道やがな。ナビに頼らんと行けませんがな。
そやけど、危ないんですわ。インドの道路事情を、あんさん、知ってますやろ。
こっちゃの車線やのに、前から来る車はあるし、交差点の手前で一番左から右折しようと割り込んで来る車はあるし、それにオートやバイクは無茶して走って来るわで、ナビ見ながらでは運転がしずらいのなんのって。
で、なんのかのって言っても、ナビは頭よろしいな。ちゃんと空港に行けましたがな。そんで、この前、ナビが教えてくれた空港への道をレンタカー屋の兄ちゃんに教えてやりましたわ。
でも、社長さん、時々ワテに怒りまんのや
ワテな、帰りの車のなかで、あのスタッフは会社ではああ言いましたが、違いますよ、この前、車でワテと二人の時はこう言ってましたでとか、あれはよくないですわ、こうすべきでわって、つい言ってしまうことがあるんですわ。
社長さんな、最初は『そうか、そうですか。ふん、ふん』って聞いてはりまんのやけど、そのうちに、ワテが調子に乗って、えらそうなこと言うもんやさかい『ここは車の中です。言いたいことがあったら、朝の打合せの時に言いなさい』って怒らはったことが何回かあるんですわ。
ワテかて、みんなの前で言いたいですわ。でも、そんなん、できませんがな。
あの営業スタッフがワテと出張で出かけた時に、車の中で言ってたことや、庶務の仕事のやりかたのまずさなんかを、朝の打ち合わせで言うたら、私の立場がなくなるやおませんか。
そやけど、営業のスタッフも社長さんによう怒られてますで。
お客さんに出す仕様の比較表とか、訪問日程表とか、見積書のデータを作って社長さんに見てもらってる時ですわ。スタッフな、社長さんからいつも言われてますんや。『誰が見ても分る表を作りなさい。左右の余白がアンバランスです。字体がばらばらです。同じ字体を使いなさい。』
そんで、書き直しを何回もさせられてますわ。
それにせっかくエクセルで表作っても使い方を知らんようですわ。
社長さんから『エクセルには、すごい機能が一杯ついています。基本的なものをマスターしなさい。データのオートフォーマットは同じものを検索するのに便利です。引き合いのランク付けや、同じ機種を検索するのに便利です。また、グラフも自由自在に作成できます。どんどんビジュアルなものを作成してください』って言われますんや。
そんで、おんなじ様にスタッフが説教されてた時にな、そんなら、社長さんが自分で作ればええんとちゃうかとワテは思いましたんや。
そしたら、社長さんがスタッフに『いいですか、私が自分が作ったら駄目なのです。君たちが考えないといけないのです。そうでないと、いつまでたっても進歩しませんよ。』って言わはったんですびっくりしましたわ、ワテの思ったことが、社長さんに聞こえたんかと思いましたがな。
けど、社長さんの言うことも一理ありますな。
そして、あるスタッフには『休みの日には美術館に奥さんと行って絵画を見て来なさい。バランスとはどういうものかを見てきなさい』言ってはりましたわ。
そんなん、絵を見て表がうまく作れるんやろか。
ある時、社長さんがワテに、インド人は19x19まで暗算でできるんかって聞いてきましたんや。
びっくりしましたで、そんなん、出来ませんがな。誰が、そんなん言うとりますんや。
うちのスタッフで、そんなん出来るの一人もいませんで。
ワテなんか、会社の車がディーゼルで1リットル当たり何キロ走れるか計算機使っても、よう計算できませんがな。何回も間違えて、社長さんにあきれらてますがな。
大体、なんで社長さん、そんなん計算せえって言わはるんやろ。
電気代は月にいくらや、電話代はいくらや、飲料水は一ヶ月にいくらかかるって細かいことばっか言わはるんでっせ。そんなん、要るもんは要るんとちゃいまっか。
社長さんな、本社から今年のエコ関係のターゲットを作れって指令があったんやて。
そんで、悩んではりましたわ。八人しかおらん事務所で、工場もありませんがな。
事務所はレンタルやし、エコゆうても、煙や油出すもんが何にもありませんのや。
そやけど、社長さん、なんかせなアカンゆうて、電気代の10%節約って連絡したらしいですわ。
正確に言いますとな、電気代やのうて、消費電力ですわ。
Kwベースで去年よりも減らすちゅうわけですわ。
そんなん無茶でんがな、人数増えましたがな。
でもね、社長さんな、おととしと去年の電力消費量を調べたら、去年の方が少なかったっていうんでっせ。そんなん、インドは電気不足で停電が増えて、電気が来んだけやないやろか。
今年はモンスーンが来るのが遅いもんで、ダムが干上がってもうて、断水、停電が多いんでっせ。
そやさかい、あのシブチンの、いや、あのう、お金に厳しい社長さんも、重い腰あげて、ディーゼル発電機を買わはりましたんや。
けど、それが、故障ばっかりでね。そんで年間メンテ契約を結ぼうちゅうことになりましてね。
アカン、アカン、これを話しとったら、えらい時間かかりますわ。
この続きは、またにしますわ。あの社長さんを、迎えに行かなアカンのですわ。
丹羽慎吾