シンゴ旅日記インド編(その52)帰りは怖い茶壷の巻

子供の時の遊び歌で『遠りゃんせ』と『ずいずいずっころばし』の歌詞がずっーと気になっていました。神社は怨霊を鎮めるために作られたと言われています。なぜ帰りが怖いのでしょう?

『ずいずいずっころばし』は左手で作った穴に右手の人差し指を入れます。何か卑猥な意味があるのでしょうか?

 (とおりゃんせ)

とうりゃんせ とうりゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神様の細道じゃ

ちょっと通してくだしゃんせ 御用の無いものとおしゃせぬ

この子の七つのお祝いに お札を納めに参ります

行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

7歳までは神の子、昔は乳幼児の死亡率が高く、7歳に無事になったことを祝い、生まれた時に貰ったお札を天神様に返しに行きました。行きは子供で帰りは責任ある大人と言う意味でしょうか。この歌の発祥地は埼玉県川越市の三芳野神社(807年創建)と言われています。

祭神はスサノオとクシナダヒメ、菅原道真、ホンダワケノミコト(応神天皇)を祀ります。

天神様が城内にあったので入る時はお札があり本人確認ができますが、帰りはお札を納めたため何も確証がないので城内を探った間者ではないかと厳しく検問を受けたため、帰りは怖いと唄われたようです。別に怨霊ではありませんでした。

ちなみに『からすの子』で、からすは山に、かわいい七つの子があるからと言います。

7匹の子でしょうか7歳の子でしょうか?それとも答えは、からすの勝手なのでしょうか。

(ずいずいずころばし)

ずいずいずっころばし、ごまみぞずい、

茶壷に追われてとっぴんしゃん、ぬけたらどんどこしょ。

俵のねずみが米食ってちゅう、ちゅう、ちゅう、ちゅう

おっとさんが呼んでも、おっかさんが呼んでも行きっこなあーしよ

井戸のまわりでお茶碗欠いたのだあれ

茶壷とは将軍が飲む宇治の新茶の入った信楽焼の壷です。その茶壷を大名行列みたいにして宇治から江戸に向かって運ぶ『お茶壷道中』と言うのがありました。

この歌の意味は沿道の庶民がこの将軍様へ献上するお茶壷行列を見てはいけないので慌てて家に入り、戸をぴしゃりと閉めて、ゴマ味噌を舐めてじっとして、一行が去った(抜けた)後はドンドコショと遊ぼうという歌です。ジットしているためネズミが米を齧る小さな音が聞こえたり、慌てたために井戸で洗っていた茶碗を落として欠けさしたのです。

でも童謡には『かごめ、かごめ』のように鶴と亀がすべるなど意味不明のものがまだあります。

これって『ツルっと、甕がすべって転んだ』という意味ではないでしょうね。

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